スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

プロフィール 

養生先生(ようじょうせんせい)

 東洋医学系鍼灸師
 養生生活コンサルタント。


経歴
 
  •  幼少時より東洋医学に興味を持ち、図書館に通っては勉強をしていた。また文献をもとに漢方を煎じては自分の身体で試していた。
  • 大学にて現代中国文学を学びつつ、夜間で鍼灸学校に通う。鍼灸学校では図書室の中医学文献を読み漁り、東洋医学系の鍼灸を学んだ。
  • 鍼灸学校在学中に大阪の漢方専門クリニックにて研修を受ける。ここで鍼灸の絶大な効果とともに養生医学の必要性を改めて思い知る。健康に生きるための知識が知られていないこと、知っていても実行されていないことを知り、「患者さんが健康になるためにどうすればいいのかを広く知らしめよう」と決意する。

  • 2年間の研修後、鍼を持って海外を放浪する。大阪からフェリーで海を渡り上海へ。雲南省へと入り、陸路でラオスへ抜ける。上海では中医学書を大量に買い込んで、日本の漢方クリニックに送る。また外国人を留めてはいけない宿にまよいこんで偽の身分証明書を渡されたり、黄山でぼられたりと中国人と熱く格闘する。

  • 雲南省のシャングリラ(標高3000メートルを超える)では中華料理の油と香辛料、味の素のために、親知らずが腫れて七転八倒する。満点の星空を見ながら痛みのために眠ることもできなかった。このときは中国の漢方薬と自分の鍼治療によって危機を乗り越える。雲南省の料理は四川省(とにかく辛い)とチベット文化圏(乾燥するため油が多い)に囲まれて両方の影響が強かったためと思われる

  • ラオスからタイのバンコクへといき、東南アジアの食と気候を見聞する。東南アジアでは多くの日本人旅行者に出会い、彼らを治療する。日本人バックパーカーには個性的な人物が多く、彼らとの出会いは実に楽しいものだった。

  • その後、空路でインドのコルカタ(カルカッタ)へと飛ぶ。インド第二の都市にして世界一汚い町コルカタに逗留中、旅の疲れと雨季の雨で高熱を発する。ついた初日に人力車にはねられたり、買った傘が使う前から壊れていたり、インドクオリティに精神が持たなかったからかもしれない。このときは鍼を使う間もなく、インドの救急車で病院へと運ばれる。一週間の入院後、無事退院。入院三日目には動けるようになっていたので、気功や腕立てをしていたらインドのナースに怒られた。

  • 別の日本人旅行者が高熱で集中治療室に運ばれた。お見舞いのついでに鍼治療をしたところ、熱が下がり鼻水がおちついたが、インド人医師にものすごい怒られた。今思い出すと明らかに私が悪かったと思う。

  • その後コルカタを離れ、インド南部の聖地ティルヴァンナーマライへ。ここで2ヶ月間瞑想と山登りの日々をすごす。あいた時間は日本から持ち込んだ鍼灸書の勉強と長期滞在者の鍼灸治療を行う。ここでは気候のためか不眠の患者さんが多く、白人男性から鍼一本ですごく良く眠れるようになったと感謝される。

  • 日本に帰国後は現代社会にあった養生学の確立を求めて勉学を深めている。


[ 2009/04/23 13:31 ] 雑感 | TB(0) | CM(0)

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL









上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。