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凡人が達人になるために考えること 

No.7185 三輪神社 大麻
Photo by (c)Tomo.Yun

達人というものにあこがれています。
鍼数本で難病を治す。すっと座れば神我と合一する。腕の一振りで人を投げ飛ばす。
鍼やヨーガ・気功・武術といったもので、どうすれば達人になれるのか。

このところ思うのは「達人とは何かすごいことをできる人」ではないということです。
達人とは「誰でも出来ることを、とても上手にできる人」ではないかと考えています。

例えば鍼の場合、鍼を刺すことは誰にでもできます。問題はどこに刺すか、どのように気を集めて散らすかです。ヨーガですと観察から観照へと至り、心の作用を止滅させます。その上で神我との合一へと赴きます。武術ならば身体の作り方と使い方にあります。

同じ動きをして同じようにしているのに結果がまったく異なる。それが凡人と達人の違いです。何か特別な知識や技術があり、それさえ手に入れれば達人になれる。これは武侠小説のお話であって、現実はそうではありません。

奥義というのはちょっとしたコツのようなもので、知ったからといってすぐ達人にはなれません。コツを知らなければ絶対に無理ですが、コツを身体になじませ習得できるまで、煮つめた修練と時間が必要なのです。

重要なことは修練の質です。
ただ練習する・だらだらと時間だけこなすのではなく、繊細に考えることが必要です。

立禅をしながら捻鍼をするときは「この鍼に気をこめるには、どの体勢でどのようなイメージが最適か」と考えます。ヨーガのアーサナをとるときも「このアーサナはこのチャクラを刺激する。ではどのようなイメージと観察をすれば、もっともチャクラが動くのか」と考えます。

立つこと、座ること、歩くこと、食事をすること。
どうすればより効率よく身体を動かせるのか。余分な力を抜いていられるのか。

自分で考えて実行して体験すること。
これが凡人が達人になるための確かな方法ではないかと、今は思っています。

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[ 2010/10/27 16:30 ] 雑感 | TB(0) | CM(0)

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